2005年11月24日

居酒屋でクリスマスケーキ

 西やんとは同じ塾講師アルバイトということで友達になった。共通項は、テクノ、シンセ、お笑い、酒。もう少し、説明をすると、テクノはテクノミュージックを聞き、テクノファッションに気を使うこと。YMO出現から5年くらいたった頃の話。シンセはミュージックシンセサイザーのことで、打ち込み(*1)をやった。西やんと二人で徹夜で作曲したこともあった。あとは酒を飲み、お笑いについて語りあった。西やんは都立大生、自分は東工大生。

 西やんと出会ったのは「鵜の木塾」。本当の塾の名は違うが、そう呼んでいた。自分は大田区鵜の木のアパートに住んでいた。塾が近所にできたのは、住み始めてしばらくたってから。個人指導型塾のハシリだった。

 「鵜の木塾」が終わったあとには、二人で、よく飯を食いに行った。中華屋、定食屋など。ある日、夕食の時間が10時過ぎになってしまったことがあった。いつも利用していたお店は軒並み、店じまい。飯が食べられそうなところとして残っているのが赤ちょうちんの居酒屋だけだった。

 お腹が空いていたので、なりふりかまわず、ガラスの引き戸を開けて聞いてみた。「定食、食べられますか?」。すると、店のおばさんが答えてくれた。「特に定食はやってないけど、ご飯と味噌汁はあるから、それに何かつければ。カマスは淡白でおいしいよ」。この瞬間に「カマス定食」は誕生した。とてもうまかった記憶がある。その後、何回もここで定食≠食べた。店のことを「カマスの居酒屋」と呼んでいた。

 12月24日。その日も「鵜の木塾」でアルバイト。年内の塾の日程はこの日でほぼ終わり。アルバイトが終わったあと、二人で打ち上げ、忘年会といった感じで「カマスの居酒屋」に行った。ビールで乾杯。カマスも食った。日本酒も癇で飲んだ。

 会話の内容は、塾のことや、音楽のこと、お笑いのこと。でも、「クリスマスイブに、男二人で居酒屋なんてさみしいぜ」などという、お決まりのセリフも出たと思う。ひとしきり、飲んで、もうシメの時間。その日はお茶漬けを2人前頼んだ。ほどなく、お茶漬けは運ばれてきた。が、さらにはクリスマスケーキがついてきた。イチゴののった白いショートケーキ。「おにいちゃんたちも、よかったら食べな」。うーん、いい話だ。

 この「カマス定食」と「居酒屋でクリスマスケーキ」は自分の持ちネタになっている。会話の流れによって、たまに発動させる。西やんとはしばらく会っていないが、どこかで、「カマスで定食食ったことありますか?」と言ってるのに違いない。

(*1)打ち込みとは電子楽器で曲を作ること。
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2005年11月18日

「うちは上海だから」

 学生時代、大田区鵜の木に住んでいた。今から20年以上前のこと。鵜の木駅は東急目蒲線で田園調布駅まで3つ(*1)だった。田園調布は言わずと知れた高級住宅地。鵜の木はそれとは段違いの庶民的な場所だった。町工場があり、風呂屋があった。自分は家賃2万円台のぼろアパートに住んでいた。
 
 自炊など一切しなかったので、食事は外食オンリーだった。近くの中華料理屋でよく食べた。そこは、調理場が見える形で、カウンター席が約10、テーブル席は無し。メニューは、ラーメン、チャーハン、豚肉タマネギ炒め、ニンニクの芽炒め、キクラゲ玉子炒め、カツ丼など。店内の上の方に14インチのテレビがあり、カウンターの下には新聞、雑誌が詰まっていた。店の名前は忘れた。「タマネギ炒めのある店」と友達に紹介したこともあった。

 うぉー、記事書いてて、腹減った。よだれ、出てきた。青山(*2)の看板だけ本格中華の店に比べ、「10倍はうまかったわっ、ケンシロウ〜」。

 話は変わるが、自分は中華屋とはなんだか相性がいい。他の店での経験を列挙。
@ニンニクラーメンを頼もうとしたら「ニンニクは入れてあげるからラーメン頼みな」と言われた。(駅前の屋台)
Aカフェオレがいつも無料でついてきた。(中華な料理人がやってるスパゲティー屋)
Bラーメン頼んだら、「余ったから、入れとくね」といってチャーシューメンより叉焼が多く入ってきた。(青葉台の中華料理屋)

 「タマネギ炒めのある店」のマスターはコワモテだった。ある日、カウンターに座った若造が言った。「テレビを野球にして」と横柄な感じ。それに対しては「うちはテレビ見るところじゃないから、他、行ってくれ」。チャンネルは結局そのままで、その客は食事を終えて去っていった。あとで、マスターは自分に打ち明けた。「見せてもらいますかって言えば、見せてやったのによう、初めての客であの態度じゃぁな」。

 ここでも、自分の天性の中華屋との相性の良さが利いた。マスターは中華料理に関する話をいろいろ話してくれた。「ニンニクの芽って呼んでるけど本当はニンニクの茎だ」「中華で使うタケノコにはス(*3)が入ってないので、柵に切ってもバラバラにならない」などなど。当然ながら、別に自分が質問したわけではない。それらの話をおもしろいや、と思いながら聴き、「そうなんですかぁ」と応えていた。

 話の1つにこんなのがあった。本格中華店には四川、広東、上海、北京と種別がある。でも、実は、町の無名の中華屋にも基本としているスタイルがあり、四川、広東、上海、と分かれているというのだ。北京はあまりないと言っていた。そして、曰く、「うちは上海だから」。その言葉は料理人として、店にかけるプライドと理解した。

(*1) 2000年8月運行系統の変更により、東急多摩川線になる。
(*2) 2006年現在、自分の勤め先のある場所が青山。
(*3) タケノコのシーケンシャルに空いてる空洞の部分。
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紅葉副作用説

 秋を感じるものといえば、紅葉。紅葉はもみじ≠ニも読むが、ここではこうようについて語っていく。

 「好きな色は?」とたずねられると、自分は「枯葉色」と答えることがある。枯葉色と言っている中には紅葉色も含めている。並べてみると、茶色、赤、黄色、オレンジ、等。特にこれらの色の服を多く持っている。

 紅葉するタイプの木は落葉樹。インターネットで調べてみた。

落葉樹
 低温や乾燥の続く期間、すべての葉を落として休眠する樹木の総称。葉は形成されてから一年未満で枯れる。多くは広葉樹で、落葉に先立って黄葉・紅葉するものがある。

 黄葉・紅葉→落葉→枯葉という流れ。これが自分が枯葉色の中に紅葉色を入れているバックボーン。

 ところで、何故、紅葉するかは謎とされている。そこで、その謎解きに挑戦してみた。自分が唱えるのは「葉が赤や黄色なのは積極的に落葉させる時に伴う副作用」という説。

 秋は冬への準備期間である。「天高く馬肥ゆる秋」、「食欲の秋」、「衣替え」などは寒く厳しい冬に向け、体力を蓄えたり、防御力を高めたりすることに合致している。落葉もそれにあたる。不要な老廃物を葉に詰めて捨てる。また葉を落とすことにより、複雑さが減り、風や雪で傷つく可能性を軽減している。

 また、落葉した葉は枯葉、そして、腐葉土となり、将来は栄養分として根から吸い上げることになる。逆算的に考えて、吸収できるタイミングを少しでも早くするために、落葉を急がなければならない。「積極的な落葉」である。

 積極的に落葉をするためにはもう葉が何色になるなんてことにはかまってられない訳。
「色なんて気にすんなよ、無駄な成分をつっ込んだら、概ね、赤とか黄色になるんだよ」ってこと。つまり、「副作用」。

 「紅葉副作用説」は納得できると思うんだけど、どう? この説でますます紅葉色が好きになるかな?
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2005年11月01日

10月25日はどんな日?

 自分の誕生日は10月25日。さそり座が始まる日は、年によって違い、23日または24日。だから25日は、てんびん座影響残りのさそり座ということになる。めざましテレビの今日の占いカウントダウンでは、さそり座とともにてんびん座もチェックする。

 10月25日はどんな日か? それはプロレスラー大仁田厚の誕生日。大仁田を最初に見たのは、友達に誘われて行った後楽園、大仁田対青柳の2回目の異種格闘技戦。青柳は全く知らなかったが、大仁田に対する知識もちょっとだけ。猪木対アリとは明らかに趣きが違う戦い模様。だけど、燃えた。記録を調べてみると、1989年10月6日のこと。おっと、これがFMWの旗揚げ戦だったのか! それから実に、数十回、大仁田FMWを見ることになる。

 そういえば、自分が仕事で作ったゲームの裏コマンドの入力をFMWという文字列にしたこともあったっけ。大仁田の誕生日が10月25日だと知ったのは、だいぶ後になってから。大仁田に自分を重ね合わせて観戦していた頃。誕生日が同じということに、やけに納得、ちょっと得意気。

 記憶に残っているシーン・・・
川崎球場が、超満員御礼、ナイター照明の台座まで人で埋まり、「1、2、3、ファイアー!」、観客席も狂喜乱舞していた。人気者、スター性、その明るさはてんびん座の星。台風でさえコースをかえた。

 デーデーデッデー(*1)「大仁田さん、ありがとうございました」、試合後の暗い会場の中、ハヤブサの声。これが引退興行の思い出かというとそうでなく「96.12.11駒沢オリンピック公園体育館/大仁田、1年7ヵ月ぶりにリング復帰! 」のときのもの。何度も引退、そのたび復帰。執念深さ、暗さはさそり座の性。その後、大仁田は長州戦を実現させている。

 2005年10月25日はどんな日か? それは自分が、ターザンチルドレン(*2)としてこの文章を書いている日。

−以上−
(*1)大仁田のテーマ「Wild Thing」 映画「メジャーリーグ」より
(*2)ターザン山本の実践文章講座を受講中なのでこう表現してみた
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2005年10月15日

町田を散歩

 土日は町田に行く。そして、結果として、よく歩いている。「歩くのは健康にいい」とヒトは言うが、それとは関係ない。車に乗る習慣がなく、いろいろ見てまわりたい習性なので、自然にそんな状態になっている。

 町田の各ポイントをまわっている。各ポイントとは、ゲームセンター、パチスロ屋、本屋、映画館、めし屋。自分の行動を町田を散歩≠ニ表現すると違う気がしてきた。分析すると回遊魚に似てるような。町田を回遊=Aこれでいいや。

 町田ってどんな街?と思い出してみたとき、目に浮かぶ風景が、閉じたシャッターだった。今年つぶれた、ゲームセンター宝島の姿だ。そうだ、よく店がつぶれる。それについて書こう。

 つぶれた店を思い出してみる。ゲームセンターではハイテックセガと宝島。町田地区最大の沖スロ(*1)設置店。そういえば、花屋の上の映画館もつぶれた。ラーメン屋では一龍といくどん。クッパ専門店。「ありがとね」と言ってくれる回転寿司。大判焼き屋の向かい合わせにあった今川焼き屋。コンピュータのメディアバレーはいつのまにか100円ショップのダイソー(5階建て)になった。

 上げ連ねてみたが、つぶれた店をわざわざチェックしたわけではない。どれも、足しげく通っていた店なので思い出せた訳。「あれぇー回転寿司、無くなってるよ」。閉店オンパレード。

 しかし、ここで断っておかなければならないことがある。決して、町田が衰退してるわけではないということ。それだけつぶれても、街全体にしてみるとダメージゼロなのだ。もちろん、閉店した当時者は大変なのだとは思うが、町田はビクともしない。むしろ、発展している。だからこれは、新陳代謝。いたって健全だ。

 新陳代謝をインターネットで検索。「古い皮膚の変わりに新しい皮膚が生まれる現象を指し、肌の健康を保っている機能である」という説明をみつけた。

 町田はいい街だ。

(*1)沖スロとは、沖縄仕様のパチスロ。通常のメタルが25mm径なのに対し30mm径のものを使う。ハイビスカスが光って当りをお知らせ。ゲーム性はあっけらかんとしている。
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2005年10月06日

岩井様様

自分の趣味はプロレス観戦です。プロレスについてはブログで記事を書くようなことはいままでしてないんですが、こんなこと
ターザンカフェ|天才日記[2005年10月02日(日)]
になってしまいました。
posted by いわいまさか at 02:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ターザン講座用記事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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